第96話「使命」

「朝か…さすがに奴らも陽光の前では顔を出すまいよ。だけど昨日はいい話ができた。とても懐かしい思い出を語るのも悪くはなかった…しかしまだ眠いな…だけどこの娘を責任もって彼らに送り届けないとね」

 緑衣の女性はウトウトと眠りこけていた。朝日でも彼女は眩しさを感じることはなく、過去の記憶への回帰と共に眠りについた。

 そう、〈アイツ〉との最初の出会いは北のあの名も無き修道院の牢からだった。お前はいつも自分の素性を明かさない。語ることもない。ただ魔物を殺しにいくだけの戦士だ。
 いつも隣でお前の戦いを見ていた。相手は苦痛を糧とする強大な怪物達、それでもお前は戦い続ける。必ず勝利する。変わった命、変わった仲間を殺し続け、どれだけ傷だらけになっても立ち上がる。
 悪鬼羅刹に肉を切られ、死屍累々の道を往く無敵の騎士。響く蹄の音、如何なる魔物も逃さない者。お前を知る者は畏怖いつしかお前の事を〈魔物殺し〉と呼んだ。だけどあまりにも酷い話じゃないか。
 かつての家族を殺し、仲間を殺し、大切な友を殺し。殺し殺し殺し続けたお前の運命。そんな愛弟子であるお前に対して〈畏怖〉しかくれないなんて。私は愛が欲しいよ。
 だから私は無愛想なお前が愛されるように新たな名を作った。

〈最後の勇者〉(ラスト・ブレイバー)。

うん、これがいい。〈この名〉こそお前に相応しい。

きっとこれを知る者は分かってくれる。見せつけてやろうじゃないか。

精神の気高さを

魂の強さを

なぁ〈ウォルゼ〉?

 緑衣の女性が鼻提灯を膨らませているとリウォンが話しかけてきた。

「あの…」

「ムム…?あぁ起きたのかい?」

「はい…昨日はいろいろありがとうございました」

 ぺこりとお辞儀するリウォンに女性は微笑んだ。

「礼を言うのはこちらの方だよ。中々面白い話を聞けた。まさかあんなことがあるなんてねぇ…君は運がいい」

「私も…あの最後の勇者に師匠がいるなんて今でも驚きです」

 「フフン」緑衣の女性は鼻を高くした。

「なにせ愛弟子に魔女の言葉を教えたのは私だからな。だがこれは計画の第一段階に過ぎない」

「第一段階?」

 するとどこからとなく強風が吹き始めた。

「ああそうさ!私のは夢は魔女の学校を作る事!政治や動乱なんて吹き飛ばす〈真の学び舎〉を作るのさ!ここだけの話…」

 彼女がひそひそ声になると風は緩やかになった。

「愛弟子の居場所にしようと思っているんだ」

「…もし彼が全てを果たしたら…目的が無くなってしまうから?」

「半分アタリで半分ハズレだね………」

 彼女はしばらく黙った後、続けて話す。

「…怖いのさ。アイツが私の知らないどこかに行ってしまいそうで」

「大切な人がいなくなる事は人生で最も辛いことですよ」

「…きっと彼は君の力になってくれるよ。君が〈愛弟子〉に出会えることを祈っている」

「はい!ありがとうございます!」

「そろそろ君のお仲間達が迎えにくる頃だ。機会あればまた会おう」

「あ!そういえばお名前を…」

 リウォンが緑衣の女性の名前を聞こうとした時、彼女は横切って歩いていく。

「私の名はフィオ、しがない魔女の1人さ」
 
 四英雄が1人〈嵐の魔女〉。当然その名をリウォンが知らないはずはなかった。〈黄昏の支配者〉、〈彗星の巨人〉、魔物殺しの旅に同行した戦友の中で一番の実力を持つ…あの〈嵐の魔女〉が今自分の目の前にいる。
 リウォンは心臓の鼓動が激しくなり驚くばかりだった。

「貴方がッ…!?」

 振り返ると既にフィオの姿はどこにもなかった。

「ぉーぃ!おーい!」

 リウォンが見上げるとクロームの呼びかけと共にブラックヴィナス号が近付いてきていた。彼女は仲間達と合流することができたのだ。
 リウォンが黒船から降ろされた梯子を上ると、ギルファが抱きしめてきた。

「リウォン…!本当にすまなかった…!守れなくて…!」

「アハハ…私は大丈夫よギルファ。あの暴食の王を出し抜くためにはあの方法しかなかったのよ…」

「それでも…私は君の事をもうあんな目に合わせたくない…!」

「うん…うん。それにしても…どうして私の事を見つけられたの?」

 それについてはウェルザーが答えてくれた。

「ディモグルが死んでいたんだ。それも大量に。付近の村々を襲っていたらしいから住民達は大喜びしていたぜ。俺達も最初見た時は驚いたよ。その場所を追っていたらリウォンを見つけることができたんだ。本当に跡形もなく…」

「まるで…嵐が通ったみたいに?」

「そうそう!…ってあれ?なんで知ってんだ?」

「フフフ!なんでかしらね!」

 リウォンはその答えを知っていた、嵐の魔女が、襲われる人々を救っていたのだ。
頃合いを見てロメナが仲間達に話し掛ける

「さて…これからの事を話そっか。リウォンは〈ヘルベルムス〉に向かわなければならない…その為に私達はゴビナ大砂漠まで来たわけだけど…」

 そう、彼らは遂にゴビナ大砂漠まで到達していた。船首から広がる視界は広大な砂の世界が広がっていた。すると誰も知らない第三者の声が彼らに話し掛けてくる。

「それには及ばない。勇敢なる旅人達よ」

「!?」
 
 警戒する彼らの周りに次々と翼を持つ獣人達が空から降りてきた。鷲や鷹を彷彿とさせる猛禽類の頭部、広がる翼、鳥の獣人〈ファルス族〉だ。
 ギルファはファルス族に訝しい表情を浮かべながら尋ねる。

「ファルス族…何の用だ?」

「我らは迎えにきたのだ天使族。お前と…そこにいらっしゃる〈我々の希望〉にな」

「迎えにきただと?どうしてお前らを信じられるんだ?」

「それについては私が説明しましょう」

 リウォン達の背後から年老いた〈ファルス族〉が歩み寄る。彼は深々とリウォンに頭を下げた。

「お初お目にかかります。ライカン族のお嬢様…私の名は〈ラスカーラ〉、ウェングリド納骨院の僧でございます」

 ギルファ達は彼の姿を見て内心驚いた。身体は傷だらけ、翼はもはや飛ぶことができないと分かるくらいに歪んでいた。彼らの驚きに気付きラスカーラは説明する。

「かつて…私達ファルスの戦士は天空の魔物、ハギド・ザメドに戦を挑みました。これはその時の代償ですよ」

 彼は痛んだ身体を引きずりながら、リウォンの瞳を覗く。

「かつて…我々を襲った絶望を払った者達がいた。そして私は貴方を導く為に使命を果たさなければならない」

 沈黙していたリウォンはその口を開いた

「…私はウェングリドに黄金都市の繋がりがあることしか知らない。でも…ラスカーラ、貴方る知っている。〈ヘルベルムス〉の入り口を」

 年老いたラスカーラはにっこりと笑った。

「この200と55年、その為に秘薬を使い生き長らえてきましたから。私がお連れ致しましょう」

 リウォンが振り返るとウェルザーとロメナは笑っていた。別れと…新たな旅立ちの時がきたのだ。

「ありがとう…本当にありがとう…ウェルザー…ロメナ…クローム…」

ウェルザーはクロームを頭にのせながら彼女に告げる。
「ウォルゼ達に出会ったら俺達のことを伝えてくれ」

「…うん!必ず伝える!」

「メルテルに俺はいつでも待っていると言っといてくれ!」

「クローム!お前は黙ってろ!」

 ロメナは彼らが最後の別れの挨拶しているとギルファに話し掛けた。

「蒼炎は天使は当然、彼女について行くんだよね」

「当然だ…」

 彼女はギルファ僅かの声色の変化から不安を隠していることを知った。

「あらあら。やっぱり〈魔物〉が不安なのかな?」

「そんな訳はない…というと嘘になる」

「私は不安だよ。破壊と生み続ける怪物から闇から這い出てきたんだからね。暴食の王、ジャクスヘイゼンだけでもう手一杯だったよ。でもねギルファ…どうか忘れないで。そんな怪物達に立ち向かう戦士達が、今同じ時の中で生きている。迷わず彼らに頼るべきだよ」

「…肝に銘じてい置く。そして…その…」

「ん?」

「また君達の所に尋ねていいか?…友としてだ」

「もちろん。次会うときは少しは世界が平和になっていることを願う」

「なるさ。〈彼〉が戻ってきたのだから」

 こうしてリウォンとギルファはウェルザーに別れを告げ、ファラス族と共にウェングリド納骨院に向かった。今、彼女達は納骨院の最深部にある〈竜の墓場〉にいた。
「これは…」

「調査にきたアヴァンロードの調査員にも誤魔化す為に説明しましたが…全てハギド・ザメドが殺してきた竜達です」

大勢のファラス族の護衛と共に歩を進める中、ギルファはラスカーラに話す。

「風の噂だが天空の魔物は吸血鬼(ヴァンパイア)が倒したと聞く」

 それを聞いたラスカーラはひどく驚いている様子だった。

「なんと…!?あの魔物を吸血鬼が…!?信じられないッ…!!」

「私も信じられないが…〈魔物殺し〉の元にいるのだ。何か教わっていても不思議ではない」

「確かに…そうかもしれません。…時が来ました。改めて説明しましょう」

 とうとう目的地についた。そこは広大な墓場の中央、数多の竜の骸が彼女達に向かって地に伏していた。ラスカーラは厳かな声で話し始める。

「ウォストリア、魔物殺し、悠久の時で魔物と戦った戦士達の前に〈ヘルベルムス〉が存在したことは既にご存知でしょう?彼らはある言葉を残しました。〈砂は時を刻む。時を刻んでいたからこそそこに存在する。時を知れ、未来に生きる子供達よ。時を知らぬ者は決して辿り着くことはできない。それこそが黄金都市〉…単刀直入にいうと」

 リウォン達は固唾を飲んだ。今まさにヘルベルムスの場所が解き明かされるのだ。ラスカーラは遂にその答えを言う。

「〈時空〉です。ヘルベルムスが隠された迷宮は古代の魔力に生み出された〈時空〉に隠されていたのです。リウォン、腕輪をこちらに」

 リウォンはラスカーラに腕輪を渡した。

「〈ヘルベルムスの魔具〉…もう使用されましたかな?」

「ええ。魔物の王から逃げる時に使いました」
「賢明な判断です。ですがこのライカン族の秘宝はただの魔具ではない、〈鍵〉なのです」

「…鍵…ですか?」

「ええ、時空を開ける為の鍵…だからこそ長年ライカン族はこの鍵を守ってきた」

 ラスカーラはしゃがみ、腕輪を地面に空いた窪みに差し込んだ。するとどうしたことであろうか。地面に強烈な衝撃がはしり、黄金の光が模様を模りながらはしり始めたのだ。
 彼は腕輪を差し込んだ場所から急いで離れると地盤はは砕け、強大な岩石の破片が飛び散る。飛び散った岩石の破片は立方体に分解し、何かを構成していく。
 ギルファはそれを知っていた。 

 「これは…〈転送門〉(ポータルゲート)?アヴァンロードの所有物か…?」

「いえ。ヘルベルムスの民は既にこれを作り上げていたのです。恐るべき技術力と魔力の知識によってね…ですが気を付けてください。内部は古代の力が渦巻く迷宮でとても危険です。さて、リウォン、ギルファ。襷(たすき)は渡しました。後は魔物殺しをここに連れてくるだけ…」

 すると雨が降り始めた。

「彼の居場所は分かりますか?」

「友の魔女に既に教えてもらいました。遠くない未来、彼らはゴビナ大砂漠へ向かってきます」

「なら我々ファラス族が使いを送りましょう。その方がずっと円滑に事が進むでしょうから」

 リウォンは笑顔で安堵した。ここまで上手くいったのだ。きっとこの先も上手くいくだろう。

しかし悲しみに満ちた少女の声によって全て覆された。

「時空に…隠されていたのね…分かる訳ないわ…」

「!?この声はどこからッ…!?」

 ラスカーラがたじろいでいると〈その魔物〉は淡々と殺戮の未来を告げる。

「よくも…ジャクスを…いじめてくれたわね…全員…殺してあげる…深淵に…引きずり込んで…あげる…」

 ギルファはその視線を緊張で強張らせながら動かした。小雨でできた頭の1つ分の水溜まり、青白く光り、涙を流す瞳と眼があった。
 
 忘れるものか。冷たく、絶望した、〈深淵の魔物〉の瞳だ。

 ギルファは剣を引き抜きファラス族に叫ぶ。

「雨だッ!!魔将が雨でできた水から我々を見ているッ!!武器を抜け!!この場所がばれたぞッ!!」

「なんだってッ!?」

 獣人達は武器を抜く。そして全員がその神経を研ぎ澄ませた。近付いてきている。

(どこだ…!?どこから襲ってくる…!?)

 「雨だけじゃ…魔力が多い貴方達は…殺せない」

  地鳴りが起き始める。

「だけど…〈地下水〉なら…話は別よ…」

「魔将めッ…!無理やり間欠泉を作ったかッ!」

地割れと共に噴き溢れる地下水。その中央から魔将の1人が現れた。

〈深淵の魔物 淵のカナン〉
「ひー…ふ…み…ざっと30匹…問題はないわ…」

 カナンは水を巨大な蛸の触手に変化させて殺戮を開始した。怪物の剛力はファラス族の戦士達を握り潰し、叩き殺していく。悲痛な鳥の鳴き声が墓場にこだまする。

「クッ…!」

 ジャクスヘイゼンとの戦いで体力を消耗したギルファは万全な状態でヒムナル・ギアを発動できなかった。彼女は落ちてくる触手を剣で受け止める。それでもカナンは殲滅の手を緩めない。表情1つ変えることなくファラス族を殺していく。

「どうしてこんなことができるのよッ!!!」

 泣きながら叫ぶリウォンにカナンが反応して、顔を傾ける。

「私達が…〈魔物〉だから…」

「まずいッ…!」

 ギルファは全力で斬撃を繰り出し襲い掛かる巨大な触手達を抑え込む。ファラス族も飛び回りながら全力で戦った。だがしかし、水からは新たな魔物が生まれ、勇敢に戦うファラスの戦士たちの肉を喰い千切る。もう限界だと感じ取ったラスカーラはリウォンの両肩を掴む。

「いいですかリウォン!?もうこの迷宮に逃げ込むしか生き残る術はありません!」

「でも…!最後の勇者が…!ファラス族が…!」

「最後の勇者は私に任せなさい…!行くんですッ!」

「…ッ!!」

「行きなさいッ!!さぁ!!蒼炎の天使と共にッ!!」

 彼女はその歯を強く噛みしめ、ギルファと共に門の向こうへと飛び込んだ。

「使命を果たして…願いを叶えるんですよ…リウォン」

 ラスカーラは腕輪を地面から引き離しを門を消失させた。そして彼は同族の腕に捕まって空高く飛び去った。他のファラス族も同様、天へ散開していく。
 
「…」

1人残されたカナンは門の有無を確認する。

「腕輪よ…ヴァルゼノ…それが鍵だった…年老いたファラス族が…持って逃げた…分かる…?」

 遥か遠方の丘の上に立っていたヴァルゼノは答える。

「簡単だ。重々しい音が1つ空の中を羽ばたいている。必ず仕留めてみせよう」

 漆黒の鉄仮面、闇に包まれた眼孔に赤い光が灯る。その視線ははっきりとラスカーラ達を捉えていた。

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