第98話「罪帝」

「…で。肝心のへルベルムスなんだけどまだ見つからないね。随分と手の込んだ隠し方をしてるね~」

 エルディモーグ率いる魔物達は別の時空に存在する異空間に到達していた。そこはゴビナ大砂漠の景観とは違う平原地帯で、所々に古代文明が作り出したと思われる神殿が残されていた。
 カナンが沈んだ眼でリウォンとギルファを探していた。

「あの…2人…どこに…言ったのかしら…?先に…見つけ…ないと…」

「焦らなくて大丈夫だよ~もうカナンは真面目なんだから~!」

 そう言うとエルディモーグはカナンを後ろから抱き締めてその髪を撫で回した。

「大丈夫…なの…?」

「所詮人間の造ったものさ。まぁ時の魔導に関しては盗られたらちょっと面倒くさいけど…」

 するとジャクスヘイゼンが彼に話し掛けてきた。

「我が主よ…聞くに堪えないと思いますがアヴァンロードの件でお話ししておきたいことが…」

「ん~?属国の兵士のこと?」

「やはり…そうでしたか」

「僕も同じ考えだよ。多分アイツはまだ実力を見せていない。人間にしては大分優秀な方だよ」

 魔将の全員がその事を理解していた。アヴァンロードの軍勢があまりにも弱い事に。過去、帝国の駐留軍やベオ・リオーグなどで繰り広げた戦闘で彼らは実に容易く敵を屠り去っていった。しかし彼らは白壁戦争でそれより遥かに強大な戦士達と対峙している。
 疑問に思ったエルディモーグとジャクスヘイゼンは捕らえた兵士を魔物に喰らわせることによってその記憶を奪取し、ある真実に辿りついた。

 アヴァンロードは他国の兵士しかまだ出兵していない。

 その背景には物資支援が存在していた。最新且つ高品質な軍事物資、魔導書、食料に至るまで帝国は属国に対して滞りない支援を施している。結果、帝王はその国力を確固たるものとした。まだ大多数の属国の兵士の他に本隊が存在しているはずだ。

「まぁそれでも奴はまだ強くなろうとしている。まだ足りてないんだ。神を墜とそうとする決定打が」

「だから…あの男…ウォルゼを…狙ってるのね…」

「そうそうッ!僕を出し抜こうとしているのは癪に障るけど…彼が来るんだぁ♡嬉しいなぁ♡」

 そう言ってエルディモーグは自分を抱き締めながらクネクネと動いて惚けていた。その様子を見ていたカナンはやれやれと言わんばかりに息をついた。

「いつも…通りね…」

 彼女は肩に留まる天空の魔物の成れの果てを撫でた。

――

 広大な内部を持つ納骨院で争乱の轟音が鳴り響く。爆炎が巻き起こると同時にディモグルが餓狼の如く疾走する。
 すると炎の中から槍を構えた深紅の甲冑の騎馬兵が現れる。騎士はディモグルの胴体を突き刺し高々と掲げた。その背後からは続々と別の騎馬兵が突進してくる。
 ディモグルが刺突だけで死なない事を理解し、一撃で仕留めている。よく鍛えられた兵士だ。

「通路は制圧したッ!他の戦場はどうなっているッ!?」

「ディモグルではない大型の魔物が中枢に多数出現しておりますッ!!まるで竜の墓場を守っているかのようにッ…!」

「制圧が完了した騎馬隊から中枢に応援へ向かえッ!」

 すると納骨院全体に角笛が響いた。騎士はその合図が何を意味するのか知っていた。
その表情は期待に満ちていた。

「きたかッ!!もはや勝利したも同然だ…!」

 竜の眠る墓場でディモグル達は武器を構えて守りの態勢に入っていた。主から死守せよと命じられた使命を全うする為だったが…その震えと唸り声が決意の脆弱さを物語っていた。
 目線の先に佇むは人類に君臨する絶対の君臨者、アヴァンロード。そして両隣には神罰のジルドレと灰のゼノトリアス、ゼッカ、アンネロッサが立っている。その後ろでは一糸乱れぬ近衛騎士団(グラディアン)が整列していた。
 ジルドレは血濡れたメイスを担いで戦力を吟味する。 

「もはや100匹もいないではないか…陛下自ら手を下すこともないでしょう」

 しかしゼノトリアスはさらなる敵の襲来を察知した。

「いや…待て。どうやら刺客はまだいるらしい。3体か」

 竜の骨が並ぶ砂地、その底から禍々しい姿をした魔物達が這い出てきた。数多の血管のような肉の触手によって巨大な獅子の頭骨を持つ人型の魔物。

〈腫(しゅ)の魔物 腫物(しゅもつ)のラゲル 〉

全身が剝き出しの筋肉で創られその四肢を骨の刃で支える異質な姿、その頭部は目無しの頭骨だったが口からその単眼をギョロリと覗かせた。

〈虐(ぎゃく)の魔物 惨劇のオベリア〉

 虻と人間が混ざり合った灰色と黒の配色を持つ魔物だった。人間の口は涎を垂らして喚き散らし、昆虫と同じ本数を持つ人の手はまるで祈りを捧げるように動かしていた。

〈捩(もじく)の魔物 口咬(くちかみ)のベンディヌス〉

 おどろおどろしい化け物に対峙してアンネロッサは怯えていた。

「ま、魔物…!?しかもかなり大きいッ…!?」

 3体の魔物は高身長のジルドレを超える巨体だった。その図体は2メートル以上はある。
ジルドレはメイスを握りしめ、ゼノトリアスは絶一文字の柄に手を掛ける。

「灰よ…中々やるぞあの怪物ども…」

「帝国の前では関係ない事だ。即刻始末する」

 しかし彼らの戦いを始める態度を止めるようにアヴァンロード自身が前線へ向かって歩を進めた。あまりに意表を突く出来事だったので近衛騎士達はおろか、さすがの彼らも目を見張ってしまった。

「ゼノトリアス、ジルドレ。あれは我が始末する。罪傑及び近衛騎士団はディモグルを殲滅せよ」

 アヴァンロードの遠ざかっていく背中を見てジルドレとゼノリアスは静かに頭を垂れた。
再び角笛の音が何重にも連なりながら開戦を告げる。
 近衛騎士団が左右に分隊し、騎馬兵と槍兵が突撃していく。敵の攻撃にディモグルは吼え、迎え撃つべく剣を抜き出して走る。
 遂に両軍が激突した時、戦闘が始まった。アンネロッサは襲ってきたディモグルに押し倒され、その鋭い牙で顔を嚙み千切られそうになる。だが剣の刀身でその攻撃を防ぎ、全力でその胴体を蹴った。

「ハァ…!ハァ…!」

(異形とは戦ってきたけどッ…!このディモグルは動作をわざと乱してきたッ…!戦いを知っているッ…!)

 するとゼッカがアンネロッサに怒鳴り散らした。

「ボサッとすんな金髪毛虫ッ!死にてぇのかッ!!」

 彼女の姿は以前のようなボロ切れではなく、新たに用意された機動戦特化の軽装備だった。それは灰を基調とした装備だったが、彼女きっての希望で赤色の塗装と装飾が施されている。
 ゼッカに対し4匹のディモグルが四方から襲い掛かる。

「ガルルッ!上等だッ!!かかってこい三下共ッ!!」

彼女はその拳から出した鉄爪を出し華麗に宙を舞う。その爪は的確にディモグルの顔面を分断し、着地したころにはディモグルは顔から血を噴き出しながら絶命し、倒れた。

「極限魔導〈月の刃〉(フラン・ブレイド)」

 アンネロッサが放った青白く輝く魔導の斬撃がゼッカの背後にいた新たなディモグルの胴体に直撃し、その身体を吹き飛ばした。ゼッカがアンネロッサを見ると右の下まぶたを人差し指で下げて、舌を出していた。

「なぁ灰。あの小童(こわっぱ)達は少々茶目っ気が過ぎないか?」

 ジルドレのメイスの振り回しがディモグルの頭蓋骨を粉々に打ち砕く。

「なに、心配することはない。力量は既に計ったがあいつらは充分強い」

 ゼノリアスの不可視の斬撃が周りを取り囲んだディモグルを横一直線に両断にする。斬撃を受けた敵の身体は血が噴き出すのでなく、爆炎が発生し激しく燃えていた。そして彼は視線の先にいる君主に対し、複雑な感情を覚えていた。

(恐らく陛下は…試そうとされているのだろう。己の力量を)

アヴァンロードは3匹の魔物達と睨み合っていた。帝王の目はまるで揺らいでいない。

「…かつて魔物殺しはお前らのような複数体の魔物を相手取ったと聞く。故にその身をもって我が実力の証明になるがいい」

魔物は帝王の言葉を理解できるほどの知能はもはや持っていなかったが、彼の魔力を感じてその意思を感じることはできた。奪い、喰らい、殺して得てきた魔力。その覇気からは他の魂の断末魔のような音が聞こえてくる。各々の魔物は確信した。この者は強い。そして…我が主、魔物の王の実力には及ばないと。
帝王に襲い掛かる魔物達、その恐ろしい光景にアヴァンロードは静かな声で侮蔑した。

「この程度なのか?」

彼の握った大剣の刀身に光がはしる。

「去ね」

その斬撃は戦場の空気を一瞬で変えた。その風圧をその場にいる全勢力に感じさせたのだ。そして全ての者がその状況を見て驚愕した。帝王はたった一撃で魔物達を斬り伏せたのだ。魔物達は自身の能力によって再生しようしたが帝王の右手から放たれた魔導がそれを許さなかった。魔物達は帝王を前に塵も残さず地上から消滅してしまった。
その後、帝国軍は通路及び他の領域を制圧した軍と帝王率いる部隊が合流したことによってウェングリド納骨院の制圧を完了した。
全ての脅威を排除した帝国軍は帝王の意志によりこの納骨院を新たな拠点にすることに決定した。竜の墓場には玉座が設けられその椅子にはアヴァンロードが鎮座していた。
兵士の手によって馬の荷台にディモグルの死体が積まれていく。焼却するためだ。休息している時間中にジルドレがゼノトリアスに話し掛ける。

「3体の魔物を一瞬で…やはり陛下の実力は底無しだな、灰」

「…」

 ジルドレは兜を脱ぐと彼をニヤニヤと見る。

「ん?どうした?やはり獲物を取られるのがそんなに嫌か?」

「…忠義なくして国の存続はありえない。それが陛下の御意思なら尚更のことだ」

「ふぅ~ん…俺にはそうは思えんがな」

「傭兵上がりだからだろ」

「ハハハッ!違いないな!」

 しばらくすると伝令兵がアヴァンロードの元に跪いた。

「陛下、外交問題の件で相手国からの返答が届きましたのでご報告させていただきます」

「…申せ」

 伝令兵は懐から預かった巻物状の書状を取り出して開いた。

「『本国はクラウゼン・カルゼロスとの敵対の件については一切関係を持たない事に主張する。故にその責務の関連性、及びこれから続く外交関係も断絶するものとす。また、3つの魔導の詳細について本国は有力な情報を持ち合わせていないのでこれについても言及することはできない』とのこと…」

 それを聞いたゼノトリアスは思わず溜息をついた。

(一カ月返答がないと思ったら日帰りで伝令兵を返し…しかも書状で済ませるだと?)

 元来、国同士の外交では使者に説明するのが習わしであった。なぜなら書状では偽りの内容を偽造する例も存在した為、使者、側近、または王同士の対面によって対話をする必要があったからだ。書状のみでの返答は失礼千万な話だ。
 アヴァンロードはその口を開き、皮肉を言う。

「堕ちたものだな…白壁も」

 それを聞いたアンネロッサの顔色が一気に青ざめ、ゼノトリアスとジルドレの背後にさっと隠れた。

(は、白壁ッ!?ウォストリアのことッ!?)

 びくびくと怯えるアンネロッサの首をゼッカが腕を回して締め上げた。

「んっん~?お前の祖国は随分とアタシ達に舐めた真似してくれたなぁ~?」

「ぼ、僕だって今まで利用された立場なんですよッ!?そ、それに…旅を続けていくにつれて自分が育った国がどれほど異常だったか…ゴニョゴニョ…」

「はぁ…?」

「僕は運が良かっただけで…あんな国…普通じゃない…忘れられるなら忘れたいよ…」

 するとゼッカが意地悪そうな顔をして言う。

「あぁ~ん?関係ねぇよそんなこと!陛下がへそ曲げたら処刑台で首がちょん切られぞ~?ヒヒヒッ!」

「ピィッ!」

 ゼノトリアス達はしばらく帝王と伝令兵の会話を聞いていた。

「伝令兵よ。白壁の様子を話せ」

「陛下のご存知の通りあの国はやはり変わっておらず、異質そのものです。数々の名だたる勇者が支えた国だとは聞いていましたが…今やみる影もありません」

「王もか?」

「はい」

「分かった…下がるがよい」

 アヴァンロードが空を見上げると白い鳥が飛んでいた。

(白壁…異質には違いないが油断できない。〈あの王〉も魔物の王と同様、警戒しなければならない存在だろう)

 さらに帝王は例の人物を呼んだ。

「狂気の女神よ…場所は掴めたか?」

「カファファファ…アヴァンロード。安心しろよい。既に把握済じゃ」

(あれほどデモンズギアを使いながらも魔物化していない…末恐ろしい奴じゃ)

 すると帝王の目の前に赤い魔力の渦が発生し、その中から逆さまに浮遊するハジャが現れた。

「お前さんが奪った魂じゃ。ファラス族とライカン族の記憶を探るくらい訳ないわい。にしても罪帝が国の面倒を見ずに魔物殺しに会いにいっていいのかのぉ~?」

「我が問うているのは〈答え〉だ。直ちに答えよ」

 狂気の憎悪の瞳が見つめ合う。2人は既にヘルベルムスが時空に隠されていたことを知っていた。しかし彼らの狙いはあくまでも魔物殺しでありその事実を両者は知っていた。だからこそ完璧な信頼関係などどこにもなく、むしろこれから起こるであろう未来に警戒しなければならなかった。
 
「はいはい。そんな急かさんでも…原理は転送門と変わらんわい。魔導経路の読み解きは死神に任せたけどな…」

 ハジャが手から赤い魔方陣を出現させると竜の墓場の中央に異変が起きた。更に周辺を取り囲むようにして出現した無数の魔方陣が、電撃を発生させながら岩の残骸を動かしていく。そして岩は見事、リウォン達が通った門の形を成したのであった。

「ほれ、入り口の出来上がりじゃ」

「誉めて遣わすぞ狂気の女神よ」

(ステゥルビィ・ウォルゼ・スドレ・ワルフゥ…) (報酬ならウォルゼの方がいいんじゃがな…) 

 こうしてエルディモーグの次にアヴァンロードはヘルベルムスへの道を見出した。
そしてこの道筋を辿る者達は残り僅かとなった。果てして彼らはどのような方法で時の魔導に辿り着くのか。一体どんな冒険が待ち受けているのか?ラスカーらの白い鳥は無事、その手紙をライカン族の同胞に届けたことにより事態は流転する。
 全ての答えは古代文明が残した黄金都市と呼ばれた伝説、〈神都ヘルベルムス〉に隠されている。

――
〈魔物を狩る者達が来る。目覚める。彼とその仲間を讃えよ。
 魔物との戦、戦火と運命が紡ぐ彼らの物語。彼らを讃えよ。
 呪われし運命の中、破壊を生む闇に立ち向かう者達。求めるは安らぎと過去の精算か。
 おお、魔物殺しとその仲間を讃えよ。
 その者達、唯一にして一騎当千の強者達。
 誉れを望まぬ者達。彼らに弛(たゆ)まぬ祝福を〉

――[ウェングリンド納骨院・〈竜の詩〉より抜粋]

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