第99話「到来」

暗い夜の森。少年は不気味な森林の中を必死に逃げていた。彼はディモグルに捕まった哀れな村人の1人だった。今もディモグルが唸り声をあげて自分を追ってくる。

「ハァッ…!ハァッ…!」

捕まったら喰われる。多くの村人は奴らの晩餐にされた。あの人の形をした化け物共は断末魔と苦痛も楽しんでいる。生首をみせしめにして喜んでいる。悪魔、悪魔だ。

「グァッ!」

少年は地面から伸びる木の根に爪先を引っかけてしまい激しく転倒した。

「ウゥッ…!」

追いついたディモグルは錆びにまみれた鉈を手に持ちながら、泥だらけになった少年に近づいてくる。

「カロロロ…」

「ひ…!ひ…!」

少年は這いずりなんとか逃げようとするが、目の前にはシダに覆われた大木が立ち塞がっていた。
ディモグルはその牙を剥き出しにして鉈を振りかざす。死への恐怖を目の当たりした少年は強く目を瞑った。

(誰か…誰か…助けて…!)

ディモグルが怒号をあげて鉈を降り下ろそうとする。それと同時に少年の顔の真横を傷だらけの剣を握ったガントレットが横切る。剣による一閃はディモグルの喉を貫いた。
座り込んだ少年が見上げるとなんと頭上にはシダから騎士の手が伸びているではないか。ディモグルは身体を震わせながら絶命し、シダの中から騎士が現れた。少年から見てその騎士は兜の片目に傷が印象的だった。
彼はディモグルから剣を引き抜くと肘を曲げて間接で刃を挟み血を拭き取った。少年は思わず彼の素性を尋ねた。

「貴方は…!?」

「俺はただの戦士だ…奴らを殺す為にここに来た。それといくつか聞きたいことがある」

「は、はい」

「そこにいる化け物はどこに住みついた?」

少年は岩山を指差して傷だらけの騎士に教える。

「あの岩山の山頂に住み着いています…!捕まった村人は…!もう生きているかもどうか…!」

「何匹いる?」

「沢山…20匹以上はいます。そこにはもっと大きい2匹の怪物がいて…人の形をした化け物はそれに従っているようでした…」

「やはりのあの岩山に〈はぐれ〉がいたか…」

彼は剣を鞘に収めて岩山に向かい始めた。少年は思い切って彼に質問してみた。

「あ、あの!貴方は一体…?何の為に怪物を倒そうと…?」

すると意外な事に少年の上から回答があった。

「人間の子供よ、アイツは魔物を殺す者さ」

少年が見上げると黒い衣服を纏った女が大木の枝に足を組んで座っていた。

「ま、魔物…?」

「そう、魔物。これからここ一帯は戦場になる。死にたくないのなら早く村の戻るといい。」

瞬きするとそこに女の姿はなく、既に傷だらけの騎士の隣を歩いていた。少年は彼女の忠告に従い、すぐさま村に戻ることに決めた。

「ところでウォルゼ…はぐれってなんだ?」

「野生化したディモグルの事だ。エルディモーグの支配圏から逃れたディモグルは他の魔物に従う習性がある」

「ここらの村はそのはぐれとやらに襲撃されたようだな。全く難儀だったな」

「ウルナ、はぐれを従えている魔物は単体で活動するよりも危険だ…注意してくれ」

「クハハ。油断はしないさウォルゼ」

ウォルゼの脳裏に村人達との会話した記憶が甦る。

――

村の集会所で村長が深刻な表情でウォルゼ達に話す。

『…100人以上の村人達が喰われちまった』

ウォルゼは村長に質問する。

『下りさえすればアヴァンロードの庇護を受けることができると聞いたが…それは行わないのか?』

『とっくにしたさ…騎士のお方。だが俺達の村だけじゃねぇ…世界中で怪物達は現れて帝国の援軍が枯渇しているんだ。一体いつ助けがくるのやら』

『魔物が…増え続けているだと?』

するとウォルゼの隣にいたメルテルがニヤニヤしながら提案してきた。

『村長さぁ~ん。報酬を弾んでくれたら退治して上げますよ~?エッヘッヘッ』

『何を言っているんだお前は』

ウォルゼがメルテルの顔を掴む。メルテルはジタバタしながら彼に訴えた。

『いだだだ!?路銀がいるでしょウォルゼッ!?ここ最近は木の実とか薬草を売ったり野良試合で稼いできたけどもう限界だよッ!早くサンニバルに行かなくちゃ!』

『金稼ぎの手段にしたくはないが…言っていることは一利あるな』

『でしょでしょ!?だから顔を掴むのは止めてくださいッ!』

――

ウォルゼはウルナの力を借り、岩山の中腹までやってきた。彼らはその場に降り立ち、頂上に続く絶壁を見上げる。

「頂上までなら私の翼で行けるぞ?」

「いや…ここでいい。メルテルとヴァギルシアの陽動が始まったら後方を叩く。だからなるべく隠密行動でいきたい」

「魔物が2匹…厄介だな」

「巨人と竜がいれば勝ち目はある。これほど心強いこともない」

彼はソウルレイズの力を使い、魔物の存在を索敵する。魔物からの殺意は感じなかった。

「…いないな。よし、登るぞ」

「クフ、相変わらずでなんか安心したよ」

ウォルゼは100メートル以上はある岩壁を登り始めた。ウルナは影となって彼の跡についていった。

――

岩山の頂上、人肉を引き裂いて喰らうディモグルが大勢いた。唯一生き残ったのは3人の村の生娘だけで、岩に縛りつけられていた。彼女達は献上品だった。
はぐれのディモグル達は彼女達の背後の洞窟から新たな主人が目覚めたことを知り、引き下がった。

「あ…!あ…!あぁ…!」

恐怖で全身が緊縛する。洞穴の闇から這い出た者の姿があまりにもおぞましかったからだ。その姿は銀と紫が入り混ざり、巨大な肉塊から頭部が伸びていた。まるで怪物の肉で作った植物が動き出したかのようだった。

〈濁の魔物 混濁のザリファ〉

濁の魔物は生娘達が己の生け贄に相応しいか這いずり回って吟味する。薔薇のように並ぶ牙を広げ、粘液が纏わり付いた青白い舌で頬を舐めてきた。

「い、嫌ぁッ…!」

舐められた少女の肉質を確かめたザリファは納得した。そして少女達に更なる惨劇を求めた。泣け、叫べ、絶望しろ。その苦痛こそが私の食料、私の栄養。くるはずもない未来に渇望しながら死ね。
いよいよ魔物が身体を力ませ、少女達に食らいつこうとした。その時、錬昌(アルカミヤ)で創られた巨大な岩玉がザリファの頭部に直撃し、その巨駆をふっ飛ばした。
ディモグルは自分達の前方から2人、誰かが近付いていることを知った。武器を持ち出し、臨戦態勢を取る。

「お~…さすがヴァギルシア。見事命中したよ」

「はぐれだな。村の長が言っていた通り奴の支配が及ばないほど魔物は増え続けているようだな」

ディモグルらの前にメルテルとヴァギルシアが現れた。

「まぁまぁ。僕達とウォルゼがいることですし?さくっと世界を救っちゃいましょー」

「とは言え規模が規模だ。やはりウォルゼの言っていた通り軍がいる。アヴァンロードの一件が済んだら他の種族の領土を訪ねなきゃな…」

「てか…アヴァンロードって何で魔物の力を使えるんだろうね?」

「まさに神のみぞ知るか…それはさておき」

ヴァギルシアの顔にディモグルの剣を振りかざす。その刃が迫りくる中、黒竜の右の蹴り上げがその顎を砕いた。そのまま彼の爪先には竜の指が現れ、頭蓋骨を握りながら踵落としをするように地面へ叩き潰した。
黒竜は牙を剥き出しにして闘争本能を滾らせていた。

「まずはゴミ掃除からだ…!穢(けがれ)を払うぞ…!」

「あいあい!なるべく派手に暴れましょー!」

彼らにディモグル達が一斉に襲いかかってきた。しかしヴァギルシアとメルテルは瞬きする間もなくその集団を通り過ぎた瞬間、無数に放たれた拳撃と斧槍が敵に炸裂した。

「あーあ。資源さえあればこんな奴ら一瞬で片付くのになぁ…」

「油断は禁物だぞメルテル。まだ魔物がいる」

「フフ!もうすぐ来るから大丈夫だって!」

魔物の軍勢はメルテル達に向かっていたが背中に並々ならぬ、凍てつくような殺気を覚えた。崖から何かが這い上がってくる。ザリファも身体をうねらせ警戒し始めるボロボロになった装甲を纏った腕が力強く縁を掴み登頂を果たした。
ウォルゼはザリファを見て呟いた。

「…こい」

魔物殺しの本懐を果たす時がきた。伝説の英雄は敵の目の前で剣を引き抜き、その片目から黄金の眼光をはしらせる。
魔物とディモグル達は宿敵の到来に咆哮して襲いかかってきた。振り下ろされる刃に対し彼はそれを右手で受け止め、目にも止まらぬ速さで胴体を貫いた。そして剣を引き抜き、華麗な二連撃で他のニ体のディモグルの首を切り裂いた。だが敵の進撃は止まない。
ウォルゼの足元の地盤に亀裂がはしる。そして彼は一気に決着をつけるべく初歩的な戦技、〈旋風斬〉を放った。彼の魂を込めた一撃はディモグルの胴体を真っ二つにした。
ウルナは後ろで戦いぶりを見て呆れていた。

「ハァ…もはや私の出る幕はなさそうだな」

混濁のザリファは叫びながらウォルゼに向かって猛突進する。対するウォルゼはその右手を握るとガントレット・アローが展開し、弓矢が発射をした。弓矢は新たな機構とソウルレイズの力により効果を発揮する。
矢じりには光る鎖と返しが出現して魔物の頭部に突き刺さった。ウォルゼは即座に鎖を握って魔物を引き寄せる。凄まじい勢いで間合いが縮む中、ザリファはその口に並んだ牙でウォルゼを殺そうとした。
彼は噛みつかれる瞬間にその手に武器を顕現させる。そう、〈ソウルギア〉だ。燃え盛るウルガリオスの大剣がザリファの下顎を貫いた。
「爆ぜろ」ウォルゼはその一言と共に背負い斬りを行った。爆撃のような一撃はザリファを真っ二つにした。しかし分断された肉体からは数多の眼球と牙が現れ、彼を取り込んで殺そうとしてきた。
まるで怨霊のような肉の壁がウォルゼを包んだ瞬間、轟雷が魔物の身体を焼き尽くす。その手には大剣に変わってヘカトリテの戦斧が握られていた。
あまりに雷撃の威力が強かった為、禍々しい肉体は再生できないほど焼き尽くされ、ザリファは断末魔をあげながら絶命した。
ウォルゼはまだ魔物の敵がいないか首を回しながら探していた。そんな様子を見ていた村の娘の1人が彼の名を口に出した。

「〈魔物殺し〉ッ…!?伝説じゃなかったの…!?」

するとウルナが娘達を縛っていた荒縄を自身の影の刃で切りながら答えた。

「伝説じゃないさ。縄は切ったから家に帰るといい」

「あ、ありがとうございます…!」

少女達は安堵したがウルナの背後を見ると、その表情は絶望の色へと変わる。濁の魔物は二体いたのだ。

「もう一頭のお出ましか」

 ウルナは片方の闇爪を広げるとその影の翼の羽は刃の形へと変化する。

「邪魔だ」

 彼女は翼の刃を振り回し、その斬撃によって魔物の胴体を両断した。魔物の頭部が地面に重々しい自重が衝突する音と共に崩れ落ちた。彼女は振り返ってウォルゼ達と合流しようとした。しかしその頭部から蜘蛛のような脚が出現し、ウルナに飛び掛かってきた。
「…」しかし地面に佇んだ影から巨大な槍が現れ、魔物の頭部を貫いた回転機構が備わったあの武装は魔物殺しのソウルギアの1つ、〈ゼガンの螺旋槍〉を模していた。

「頭が弱点であることも既にアイツに教えてもらっている…」

眠れ。彼女がその一言を言い放つと影の螺旋槍は黒い爆炎を巻き上げて回転し、魔物を悉く滅ぼした。
 ウォルゼ達は一か所に集まり会話を始める。最初に切り出したのはウォルゼだった。

「はぐれはもういないみたいだな」

 メルテルはうんざりした様子で話す。

「これでもう20体目だよ!?増えすぎでしょ!?」

 ヴァギルシアが腕を組んでウォルゼに話す。

「何かがおかしい…最初は呪いや魔導の類で魔物が悪用されているのかと思ったが今まで狩った魔物どもはどう見ても無関係だ…このままじゃウォルゼ。白壁戦争や俺達の時代のような惨劇が起こってしまう」

ウルナもその件について知っていた。

「地獄の時代…多くのものが命を落とした大戦…」

 ヴァギルシアが頷いた。そして足元に落ちていた人の頭蓋骨を無情の瞳で見下ろす。

「全種族を巻き込んだ戦(いくさ)だ。だけど…アヴァンロードが台頭し、勇者と呼ばれた者達がいない今、種族間の団結力は皆無に等しいだろう。いよいよ世界の破滅の危機が近付いているわけだ」

メルテルはしゃがんで地面に指で王冠の落書きをしていた。

「竜族は味方してくれるから…あとはエルフ族とドワーフ族の王かぁ…でもこんなに魔物が多いんじゃ自分の領土を守る事で精一杯だろうなぁ…」

 ウォルゼが彼らにこれからの動向を話す。

「今はフィオと探し出すことが先決だ。そこから他種族の王達との謁見を望み、国同士の同盟関係を確立させるしか手立てがない」

ヴァギルシアが相槌を打つ。

「そうだな。レオルスに手紙を書いて顔を立ててもらおう。その方が円滑に進むだろう」

「よし…いよいよサンニバルだ。気を引き締めていくぞ」

――
 
彼らがはぐれの魔物を討伐してから数日が経過していた。その日の正午、ウォルゼ達はサンニバルへ向かう馬車を買っての荷台の中で座っていた。騎手は上からボロ布を纏ったウォルゼが担当していた。フードを深々とかぶり、よっぽど近くで見なければ誰も彼が魔物殺しだと分からない。
 馬車の中でメルテルは袋の中の覗き込んで銀貨の枚数と形状を確認していた。

「うんうん。これだけあればしばらく大丈夫だね。てか鳳凰の紋章のお金なんて初めて見たなぁ?一体どこの国のお金なんだろう?」

 それを聞いたウォルゼは親指で荷台の外に広がる空を指し示した。メルテルがこっそり覗くと空には大勢の帝国魔導士が飛んでいた。

「げ。これ帝国の銀貨だったんだ。というかなんでアヴァンロードがいるの…!?」

 ウルナも外を確認しながらメルテルに教える。

「魔物の増加に伴って警備を増加しているんだ。だからサンニバルにつくまで馬車で移動しなければならない…全く帝国にはいつも頭を悩まされる…ってヴァギルシア?何か食べているのか?」

 ヴァギルシアは紙袋を片手に何かもぐもぐと食べていた。

「ん?ウルナも食べるか?上手いぞ?」

「どれ…」紙袋を覗き込むとウルナは中身を見てぞっとした。多種多様な甲殻類の小さな生物が蠢いていたのだ。

「な、なんだこれ…」

「人間の世界では鳥の家畜やペットの餌らしいんだが意外と上手くてな…市場で売られていたから買ったんだ」

メルテルはヴァギルシアを叱った。

「ちょっとヴァギルシアッ!ウルナにそんなもの進めないでよッ!?っていうか人前で食べない約束でしょ!?肉を食べてよ肉を!!」

「竜族としては肉よりも甲殻類が好きなんだけどな…」

「ウルナが引いているでしょ!?」

「美味しいのに…吸血鬼はこういうのは食べないのか?」

「ウルナが食べるわけないでしょ!?」

「美味しいのに…」

 そう言って彼は口からはみ出た甲殻類の生物の脚をぺろりと食べてしまった。

「言った傍から齧らないでよッ!?」

 するとウォルゼが荷台を叩いてサンニバルの到着を彼らに教えた。

「到着したが…思ったようにはいかないみたいだな」

 彼らが降りるとその光景に目を見張った。サンニバルは壊滅状態だったのだ。家屋は破壊され、燻った戦火の煙が大量に立ち上っていた。
 
「こ、これは…!?」
 
ウルナも驚いてると彼らに戦士らしき男が話し掛けてきた。

「あんたら…〈グラディオング〉に参加しにきたのかい?」

 ウォルゼが彼に答える。

「ああ…一体何があったんだ?」

「襲撃さ…〈グスタニカ旅団〉のな」

「グスタニカ?竜狩りの国の軍か?」

「真相は定かじゃねぇがそうらしい…団長は面白い甲冑を装備していたぜ。鋼鉄の獅子を模した鎧だ、しかも体格もうんとでかい。…武器は」

「大剣か鉄槌だ」

「!?よく分かったな!?その通りだよ!」

「だがサンニバルも襲撃で滅びるような国じゃなかったはずだ」

「それもご名答だ。戦(いくさ)で仲間達は離ればなれになっちまったが直ぐにまた再建するさ…」

「何故旅団はサンニバルを襲ったか知っているか?」
「それもなんだがな…どうやら〈強い奴と戦いたい〉だけだったらしい」

「…たったそれだけの事で国に喧嘩を売ったのか。よっぽどの戦闘狂だな」

 そしてウォルゼはグスタニカ旅団を相当な実力者であることを覚えた。

「まぁ傷のお方…これじゃあしばらく闘剣祭は無理だ。半年か一年後か…その時またここを訪ねるといい」

「ああ、そうする」

 ウォルゼ達はサンニバルの闘剣祭が開催されないことを知ると、雑木林の中に移動して次の行動について話し合うことにした。ヴァギルシアは空になった紙袋を逆さにしながら頭を悩ませていた。

「あとフィオが居そうな場所は…駄目だ思いつかない」

「嵐の魔女は気まぐれだからねー。キノコ集めとかしてそう」

「ウォルゼ…どうする?」

「フィオの件はひとまず保留にしよう。各種族の王との謁見を優先した方がいいかもしれないな…だがアヴァンロードとの戦いは万全の状態で行いたいというのも本音だ。何故奴が魔物の力を使用できるのか、〈3つの魔導〉の関連性も調査すべきか…」

 ウルナが茂みの先に何か見つけたようで彼らに伝える。

「…もしかしたらその答えはすぐ近くにあるみたいだぞ皆」

「…なんだと?」

 メルテルも興味津々で茂みをかき分けてウルナが見ていたものを確かめてみた。

「わ、帝国軍の野営地がある!」

 錬昌の能力で双眼鏡を作ってその様子をさらに詳しく見てみると、どうやらただの野営地じゃないようだ。

「用心棒に傭兵、冒険者、それに騎士に魔導使い…?なんで関係ない人が大勢集まってきてるのさ?」

「それを貸してくれメルテル」

ウォルゼが双眼鏡を受け取って確かめると帝国の飛行艇がずらりと並び、その中で帝国兵が訪問者を吟味し、木板にのせた紙に万年筆で記録しているようだった。彼は戦士たちの質や設備に目を通すが、中々優れている。
彼にさらに読唇術で帝国兵がどんな会話をしているのか視認する。

〈どうだ?参加者の方は?〉

〈魔力の質も経験も上々です。これだけの実力者があつまれば我が師団も本隊へ昇格できるでしょう〉

〈属国の従属兵は脆弱だからな…試験の方には抜かりはないな?〉

〈ええ、帝国の軍法はあの一件以来、罰則も規定もかなり厳しくなりましたからね…抜かりはありませんよ〉

〈罪傑の1人も視察に訪れる予定だ。気を引き締めなければ…〉

 ウォルゼは事情が分かると双眼鏡から目を離した。

「あそこは帝国の新たな戦士を補充する為の試験場だ。帝国兵同士の会話を見て分かった」

「まさかウォルゼ…口の動きで会話が分かるのか…?」

「あぁ」ウルナが目を丸くしているとヴァギルシアがウォルゼに話し掛けてきた。

「偵察してみないか?もしかしたらアヴァンロードの秘密とか3つの魔導についてなにか分かるかもしれないぞ?」

「…駄目だ。危険すぎる。それに欲しい情報が手に入るとは限らない」

「俺達は隠密行動に向いているわけじゃない…むしろ戦闘に特化したと言った方がいいだろう」

するとウルナがニコニコしながらウォルゼの肩を叩いた。

「影のような動きを期待しているなら…その代名詞がここにいるじゃないかウォルゼ。むしろ私が適任といえるだろう」

それを聞いたヴァギルシアも笑った。

「そうか!ウルナは影を操るシャドウマンサーだった!ウォルゼ!いけるぞこれは!」

「……分かったよ。だがお前達、絶対に無理はするなよ?まず段取りを決めて行動しよう」

 こうしてウォルゼ達は帝国軍が主催する試験場に潜入することになった。帝王アヴァンロードの秘密の一端でも掴めれば幸いだが…果てしてそれはできるのか?だが帝国軍の野営地がただ試験場ではないという事実を、彼らは知る由もなかった。

――

 飛行艇の内部で警備を担った兵士が魔導学者に質問する。

「この巨大な立方体はなんだ…?」

「〈ゴーレム〉らしいぜ。ゴビナ大砂漠から一体発掘できたんだと。頻繁にライカン族の襲撃にあって苦労していたらしいぜ」

「これが…!?あの…!?」

「帝都に運ぶ前に専門家のコニーさんにお目通ししてもらう予定なのさ。俺にはただの金塊にしか見えねぇがな…どうも遺跡の歴史が黄金都市と関係しているらしい」

 兵士は黄金の立方体を見上げる。

「俺は…実現不可能と言われたゴーレムを前にしているのか…!一体…どういう仕掛けで動いているんだ…!?」

「さぁね…魔力を与えてもびくともしねぇんだよ」

 兵士はおもむろに立方体に触れてみる。その指先の触れた瞬間、脳内の声が響いた。
深き眠りについたその者は意識のない状態で拒絶した。

 〈お前は違う〉

 それと同時に彼の全身に電撃が駆け巡った。

「おわッ!?」

 それに気付いた魔導学者が彼に注意する。

「おいおい!勝手に触るなよ!?何が起きるかも分からないんだからよ!?」

「す、すまん…」

 兵士は詫びを入れて仕事に戻る事にした。しかし彼はあの立方体について1つ分かった事があった。

(あ、あれは恐らく生きている…!ただ眠っているだけなんだ…!)

 立方体はその場から誰もいなくなると表面に青白い稲妻をはしらせた。泡沫の夢の中で、人と獣人を守る使命を胸に携えながら。

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